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横浜地方裁判所 昭和39年(ワ)165号 判決 1965年2月09日

原告

白井次郎

代理人

島田正純

被告

株式会社宇都宮鋼具製作所

代理人

畑中広勝

外一名

主文

被告は、原告に対し、別紙物件目録第一の建物を収去して同目録第二の土地を明渡し、かつ、昭和三六年七月一日より右土地明渡ずみに至るまで一ケ月金七、七五一円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決の主文第一項中建物収去土地明渡を命ずる部分は金二〇〇万円の担保を供するとき、金員の支払を命ずる部分は無担保で、各仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一  別紙物件目録第二の土地は原告の所有であるが、四辺住宅に囲まれ、川崎市内の住居地域に指定されている。

二  原告は訴外伊沢三男に対し昭和一七年二月二〇日右土地全部を三六五坪として期間を昭和四七年二月一九日迄、賃料一ケ月金八三円九五銭、賃借人は危険又は衛生上有害な若しくは近隣の妨害となるべき事業をしないことと定め、木造建物の所有を目的として賃貸した。

三  ところで、被告は訴外伊沢三男から別紙物件目録第一記載の建物とともにその敷地の前記借地権を譲受けたとして、昭和二七年九月頃以来原告に対しこれが承諾を求めてきたが、被告の右建物内で行う工場作業より生ずる強い音や震動に、原告を始め附近住民が甚だしい迷惑を被むるので、原告はこれら強震音を除去しない以上、承諾できないとして拒絶してきた。

四  被告は、昭和二八年一〇月頃右工場作業による強震音を二ケ年以内に除去する旨申出でたので、同月九日原告は同期間内に音量において五五ホン(一般家庭のラジオの大きさ程度)震動は地震の震度一度(静かなところだけで感ずる程度の震動)を超える強震音を除去することを特約し、別紙物件目録第二記載の土地のうち三〇〇坪を賃貸することとし、昭和二七年九月分以降昭和二八年九月分迄一ケ月金一、八〇〇円の割合による賃料として合計金二三、四〇〇円の支払を受け、昭和二八年一〇月分以降の賃料については協議の上一ケ月金二、一〇〇円としたが、その後賃料は値上されて昭和三六年七月当時は一ケ月金七、七五一円となり、賃貸土地も三七坪追加して別紙目録第二記載の土地全部となつた。

五  しかるに、被告は右強震音除去の特約に違反し昭和三〇年一〇月八日の期限までに前項記載の程度迄強震音を除去しない許りか、昭和三六年一月ごろ、更に鍛造機(六馬力)一台を増設し同年六月頃においては通常午前八時から午後八時まで超鋼硬バイト加工の鍛造機(六馬力)二台、乾燥研磨機(七馬力)六台を殆んど同時に稼動させ、時には午後一〇時に及ぶこともあり、その騒音は一一〇ホン以上(飛行機の爆音程度以上)に及び右機械設置場所から約一〇米位の距離内にある原告宅はその影響最も甚だしく、戸障子は甚だしく震動し、談話は殆んど不可能で、安眠も妨げられ、不快この上ないので、止むなく原告は、昭和三六年六月二六日翌二七日到達の書留内容証明郵便をもつて右書面到達後二週間以内にこれら強震音を除去する旨催告するとともに、若し、右期間内にこれを履行しないときは右土地の賃貸借契約を解除する旨の条件付意思表示をしたが、被告はこれを履行しなかつたので右土地の賃貸借契約は催告期限の経過した七月一二日解除により終了した。しかし、被告は依然建物を所有してこの土地を不法に占有し、原告に対し以後賃料相当の損害を被らせている。

六  よつて、原告は土地所有権にもとづき右地上の建物収去による土地の明渡と、昭和三六年七月一日以降同月一一日迄の一ケ月金七、七五一円の割合による賃料およびその翌日以降土地明渡ずみに至るまで賃料相当損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

と述べ、被告の抗弁事実中、賃料供託の事実、二の(一)の(イ)ないし(ホ)の事実は認むるが(但し、(ホ)の六万円中には賃貸土地内の原告所有の椎の木の代償を含む)その余は否認する。と答え

立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として

一  請求原因中一項は認める。二項中訴外伊沢三男が原告からその主張の土地を建物所有の目的を以て借受けていたことは認め、その余は不知。三項中被告が右訴外人から原告主張の建物及びその敷地の借地権を譲り受けたこと、借地権譲受につき原告の承諾を求めたことは認めるが、その余は否認。四項中特約の点を否認し、その余は認める。五項中原告主張の日時にその主張のような内容の催告ならびに解除通告があつたこと、昭和三六年六月頃鍛造機二台、研磨機六台を保有していたこと、通常午前八時から作業開始していたことは認めるがその余は否認する。鍛造機の内一台は予備であつて同時に稼動したことはない。作業時刻も午後五時に終了するを原則とし、例外として午後七時まで延長されることあるも稀有のことである。また二週間の催告期間は短期に過ぎ契約解除に必要な期間の催告はなかつた。六項中賃料相当額が金七、七五一円であることは認めるが、昭和三六年七月一日以降契約解除時迄の賃料は原告が受領を拒絶したため被告は既に弁済供託をし、その支払義務を免れた。

二  仮りに、原告主張の特約があつたとするも、

(一)(イ)  昭和二八年一〇月当時被告の借地は三〇〇坪で賃料一ケ月坪七円であつたところ原告の請求により昭和二九年坪一二円と改訂せられ

(ロ)  昭和三一年三七坪を借増するに当り坪当り六、五〇〇円合計金二四〇、五〇〇円の権利金を要求せられこれを支払い

(ハ)  昭和三三年三月三三七坪につき賃料は坪当り月一五円に、翌三四年三月には坪一七円と改訂せられ

(ニ)  昭和三五年一〇月被告の事務所を改築するに際しその承認料として金一万円を請求せられこれを支払い

(ホ)  昭和三六年三月被告が本件建物の一部の増改築をなすに際し増改築承認料として金六万円を支払い、賃料は坪当り月二三円と改訂せられ

る等累次に亘る賃料増額、借増権利金増改築承認料等の請求があり、殊に、昭和三三年以降の賃料増額の請求は騒音を理由としており、(ホ)の際には、初め、増改築承認料に併せて強震音承認料を含め坪当り五千円三〇〇坪につき合計金一五〇万円と賃料月坪当り二五円に増額を請求してきたが双方互譲の結果前記のとおり約定成立し強震音承認料の請求は撤回したのである。原告のいう特約に基づき契約を解除することができるなら、契約より二年経過後直ちにこの挙に出るべきなのにそうすることなく前叙のように交渉を重ねたのは、原告において暗黙のうちに特約に基づく契約解除権を放棄したがためであり、その後になつて、この解除権を行使することはできない。

(二)  更に、前記(一)の如き経緯のもとに原告が解除権を行使するのは不動産業を営む原告が土地の値上りに刺戟せられ権利金を得ん為に案出した苦肉の策によるものであり権利の濫用にほかならない。

と答え、原告の再答弁事実中前記増改築承認料六万円中に原告主張の樹木代として金一万円を含むことは認める、と述べ、

立証≪省略≫

理由

一原告が当初その所有にかかる別紙物件目録第二の土地を三六五坪として訴外伊沢三男に対し建物所有の目的で賃貸していたこと、被告が右訴外人から別紙物件目録第一の建物及びその敷地の借地権を譲り受け、昭和二八年一〇月九日原告より右土地(始め三〇〇坪で後に三七坪追加し別紙目録第二の土地全部となる)を同様の目的で賃借したことは当事者間に争いない。

右争いない事実と<証拠>によれば、昭和一七年二月二〇日原告は右土地三六五坪を訴外伊沢三男に木造建物所有を目的とし、賃借人が危険又は衛生上有害な若しくは近隣の妨害となるべき事業をしないこと等の特約で賃貸し、同訴外人は右地上に別紙物件目録第一の建物(但し、増改築前のもの)を所有し、これを工場に使用していたこと、昭和二七年五月頃被告は同建物と共に右借地権を譲り受け、原告に対しその承諾を求めてきたが、被告が同建物で営む工場の作業は、右訴外人当時とは異なり、超高速度鋼バイト製造を目的とし、鍛造機研磨機等の使用により騒音騒動を発し原告を含め近隣の迷惑となるので一年以上も承諾を与えないでいたところ、訴外中西甚兵衛のあつせんにより、被告において「工場作業より生ずる強震音を二ケ年以内にハンマーの取替等に依り極力強音を除去し、尚それでも改善しないときはハンマーの取外し等を行い原告の要請に応ずることを約諾」したので右土地のうち三〇〇坪を被告に賃貸することとなり、その旨を記載した土地賃貸借契約書(甲第二号証)を取交したことが明らかである。<証拠>中右認定に反する部分は措信できない。

原告はその際音量五五ホン、震度一度を超える強震音を除去することを特約したと主張するが、その主張の如き具体的な約定をしたと認めるべき証拠は何らない。しかし、右認定にかかる特約は、そのなされた経緯や本件土地が川崎市内の住居地域に指定されていること(この点は当事者間に争いない)からみるも近隣に住居を有する一般市民の生活に甚だしい支障を与え、通常許容さるべきものとして受忍すべき限度を超えた騒音、震動についてその除去を約定したものと認めるべきこと当然である。

二原告が昭和三六年六月二七日被告到達の書面で右書面到達後二週間以内に強震音を除去するとともに若し、右期間内に除去しないときは前記土地賃貸借契約を解除する旨の条件付意思表示をしたことは当事者間に争いない。

<証拠>を総合すれば次のような事実を認めることができる。

1  被告工場は、前記のように住居地域内にあり、その南側は幅員約四・五米の道路を隔てて原告方その他の個人住宅、西側は幅員約三米の道路を隔てて個人住宅建築事務所、東、北側は直接個人住宅、アパートに接しているが、南西方の近隣にはプレス工場旋盤工場等があるし、徒歩七、八分位の所に品鶴線、南武線の各軌道が敷設せられ、これらより発する騒音震動も免れない地域であること。

2  被告工場は、前記超高速度鋼バイトの製造を業とするが、その作業工程中、鍛造工程の鍛造機(スプリングハンマー一台または二台)及び研磨工程の研磨機(両頭グラインダー、六台)の稼働が特に騒音を発すること

3  被告は昭和三五年末頃から鍛造品を一部外注し、昭和三六年二月頃鍛造機に耐震パツトを取りつけ、同年六月二〇日頃原告寄りの板塀をブロツク造りとする等騒音震動の防止策を講じたが、同年五、六月頃には短期間とはいえ鍛造機を二台備付けて稼働させ、特にひどい騒音を発していたこと

4  これがため、被告方北側のみどり荘アパートでは昼寝ができない程うるさく、被告の東隣の白井三郎方ではたまりかねて昭和三二年頃から三五年頃にかけ何回も抗議に行つたことがあること

5  被告は、更に昭和三六年八月頃鍛造機に耐震パツトを二重に取りつけ、昭和三七年八月前記ブロツク塀を更に高積みし原告宅に面する工場の窓を二重窓にしたり騒音等の対策を講じたこと

6イ  原告宅と被告工場間の道路上の原告方門の前一米と東端の塀から一米の各地点の騒音は日本電子測器株式会社製のSL20型指示騒音計による昭和三七年一一月一〇日の測定結果によれば、その作業中は工場の窓の開閉いかんにかかわらず、代表騒音レベル六八ホンまたは七一ホン(ただし暗騒音五三ホン、ホンは計量法第一五条一九の計量単位、以下同じ)であり、東京都騒音防止条例施行規則(昭和二九年一月二三日都規則第五号)の一般基準にいう第二種区域(住宅緑地地域)の午前八時から午後七時までの基準である五五ホンを一五ホン以上上廻り、第三種区域(商業、準工業、工業地域など)とするもその基準六〇ホンを一〇ホン以上違反していること

ロ  また、右地点においてISO規格「聴力保護、通話およびうるささの観点からの騒音評価数」の測定結果は、作業中の補正済NR数五〇であり、一般に補正済NR数四五ないし五五のときは広汎な苦情があるといわれていること

7  被告工場の作業による震動は前同日の測定の結果震度一の最低限度を超えているが、前記品鶴線の列車通過による震動よりは弱いこと等の事実が認められ、さらに進んで考えるに、右各測定の結果は前記5の騒音と震動の対策が講ぜられた後の測定によるものであるし、前記昭和三六年六月から七月にかけての、いわゆる強震音除去に関する催告期間中は何らの対策も講ぜず通常どおり操業していたことは被告代表者本人の認めるところであるから右期間中の騒音震動はこれを上廻る程度のものであり、震動の点はさておき、騒音についてみれば、原告を含む近隣の居住者の日常生活に甚だしい支障を与えており、一般の受忍すべき限度をはるかに超えていたものと推認できる。右認定を覆えすに足る証拠はない。なお、前記鑑定の結果によれば、原告方居宅茶の間における騒音は工場も住宅も窓を開いたときが五五ホンで、同じく窓を閉じたときは五四ホンであり、前記東京都騒音防止条例の基準に較べ、また、同地点の補正済NR数は工場住宅共に窓を開けたとき四〇で同じく窓を閉めたとき三五であり、補正済数が四〇以下のときは苦情が一般的にない水準といわれている由であるので、原告方居宅内ではそれほどの騒音とはいえないもののようにもみえるが、一般の日常生活において騒音が受忍すべき限度を超えているかどうかを測定し判断する地点は他に悪影響を及ぼすのを防止する観点から、隣接地内の遮蔽された住宅内でなく、その騒音を発する工場、事業場等の敷地境界線上に求めるのが相当であるから(昭和三九年六月一二日神奈川県規則第一〇二号公害の基準に関する規則別表第一騒音の基準の備考2参照)、右境界線に近い前記6の各地点における測定結果を以て基準とすべく、前記原告住宅内における測定結果に依ることはできない。

そうだとすると、被告は明らかに前記特約に違反し、かつ、その履行を求める二週間の催告期間を徒過したものであつて、特約後すでに長期の期間を経過し、後に説示するようにその間屡々口頭で原告から履行の催促をうけていたことを合せ考えると、右二週間をもつて不相当に短い催告期間ということもできないので前記催告期間の経過する昭和三六年七月一一日限りで本件土地の賃貸借契約は適法に解除せられたと認めるべきである。

三被告は、原告が前記特約による契約解除権を放棄したというが、原告が被告主張の二の(一)の(イ)ないし(ホ)の地代の増額、貸増権利金、増改築承認料の受領を以て満足し、騒音等除去の特約に基づく契約解除権を放棄したと認むべき証拠はない。原告本人尋問の結果によれば原告が特約の二年経過後直ちに契約解除の挙に出なかつたのは、原告より屡々騒音等の除去を申し入れたのに、被告よりその都度猶予を求められ、他に千坪程土地を買入れ移転するなどと弁解されてその善処を期待していたが為であること、ところが予期に反し、かえつて前記のように被告の方で鍛造機一台を増設し、騒音等を一層はげしくするので本件の解決を島田弁護士に依頼し、前記催告に及んだことが認められるから、その主張は採用し難い。

四さらに、被告は、本件契約解除権の行使は権利濫用であると主張するが、原告が不動産業者で権利金獲得の苦肉の策として解除権を行使するものであるとの点については何ら証明がなく採用の限りでない。もつとも、<証拠>によれば、被告は昭和三八年暮前記ブロツク塀を更に高く積みあげ、昭和三九年一一月原告宅に面する窓にアルミ窓枠を取りつけて三重窓とし、吸塵装置の電動機にグラスフアイバーを使用した囲いの取付工事をした事実が認められるが、前記二の5の事実と同様にこれによつて既に発生した契約解除の効果を左右することはできない。

五すると、被告が右解除後も依然前記工場建物を所有し、その敷地を占有するのは、原告の土地所有権を不法に侵害するものであり、被告はこの工場建物を収去して土地を明渡さなければならず、また、昭和三六年七月一日当時の本件土地の地代が一ケ月金七、七五一円であることは当事者間に争いないので昭和三六年七月一日から契約終了時までの一ケ月金七、七五一円の割合による賃料とその後明渡ずみまで賃料相当の損害金を支払わねばならない。

被告は原告が昭和三六年七月一日以後の賃料の受領を拒んだので、これを弁済供託したと主張するが、供託の点を除くその余の事実を認める証拠がないので、右供託を有効と認めるわけにいかない。

よつて、原告の本訴請求をすべて正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用し、主文のとおり判決する。(森文治 田口邦雄 白石悦穂)

物件目録<省略>

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